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第五十七話 罪の名前を呼ぶ日

last update publish date: 2026-09-24 16:30:44

 公開裁判の日、王都には朝から冷たい雨が降り続いていた。

 強く地面を叩きつけるような雨ではなく、細く静かな雨だった。それでも途切れる気配はなく、石畳を濡らし、王宮の屋根を灰色に染め、中央司法院の前に集まった人々の肩にも容赦なく降り注いでいる。その景色は、まるで王国が長いあいだ隠し続けてきた罪を、今日という一日をかけて洗い流そうとしているようにも見えた。

 もっとも、どれほど雨が降ったところで、起きたことそのものを消せるわけではない。

 王宮に隣接する中央司法院の前には、夜が明けるより前から大勢の人々が集まっていた。北方で黒霧事件に巻き込まれた者、王宮研究局による実験の犠牲者やその家族、黒鴉会に大切な者を奪われた者、そして王国で本当は何が行われていたのかを自分の目で確かめようとする民衆まで、その顔ぶれはさまざまだった。

 誰一人として晴れやかな顔をしていない。

 怒りを隠そうともしない者がいれば、何年も泣き続けてきたのだろうと思わせるほど疲れた顔をした者もいる。自分でも何を感じればいいのか分からず、ただ司法院の

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     公開裁判の日、王都には朝から冷たい雨が降り続いていた。 強く地面を叩きつけるような雨ではなく、細く静かな雨だった。それでも途切れる気配はなく、石畳を濡らし、王宮の屋根を灰色に染め、中央司法院の前に集まった人々の肩にも容赦なく降り注いでいる。その景色は、まるで王国が長いあいだ隠し続けてきた罪を、今日という一日をかけて洗い流そうとしているようにも見えた。 もっとも、どれほど雨が降ったところで、起きたことそのものを消せるわけではない。 王宮に隣接する中央司法院の前には、夜が明けるより前から大勢の人々が集まっていた。北方で黒霧事件に巻き込まれた者、王宮研究局による実験の犠牲者やその家族、黒鴉会に大切な者を奪われた者、そして王国で本当は何が行われていたのかを自分の目で確かめようとする民衆まで、その顔ぶれはさまざまだった。 誰一人として晴れやかな顔をしていない。 怒りを隠そうともしない者がいれば、何年も泣き続けてきたのだろうと思わせるほど疲れた顔をした者もいる。自分でも何を感じればいいのか分からず、ただ司法院の建物を見上げている者もいた。 馬車の窓越しにその光景を見つめながら、リリアは膝の上で両手を重ね、指先へ無意識に力を込めていた。「……すごい人ですね」「ああ」 隣に座るレオンが短く答えた。 今日は普段の黒い軍服ではなく、銀狼公爵として正式に証言台へ立つための濃紺の礼装を身につけている。胸元にはヴァルハルト公爵家の紋章があり、その下には銀狼と藍色の月を重ねた小さな飾りがつけられていた。 それは、かつて深淵と呼ばれていたノクスとの新しい契約を示す意匠だった。 王国が長く恐れ、銀狼公爵家が代々その身に封じ込めるしかなかった存在を、今のレオンは隠そうとはしていない。それもまた、今日ここで語られるべき歴史の一部なのだろう。「怖いか」 レオンに尋ねられ、リリアは少し考えてから頷いた。「はい。正直に言えば、かなり怖いです」「セドリックの裁判だからか」「それもあります。でも、今日はセドリ

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     求婚から一週間が過ぎた頃、公爵邸には、これまでとはまったく種類の違う慌ただしさが訪れていた。 黒霧が現れたわけでもなければ、王宮から緊急の命令が届いたわけでもない。もちろん深淵が暴れたわけでも、忘却の海から異変の知らせが届いたわけでもなかった。それでも朝から使用人たちは屋敷中を行き交い、応接室では書類が積み上がり、廊下では仕立て職人や料理人、庭師たちが忙しそうに打ち合わせを続けている。 その原因は、三か月後に予定されているリリアとレオンの婚礼だった。「ですから、招待状の封蝋はヴァルハルト公爵家の銀狼紋で統一すべきです。正式な婚礼である以上、家格を示す意匠は外せません」「銀狼紋だけではリリア様らしさがありません。月白花の意匠も入れてください」「公爵家の正式文書ですので、あまり装飾を増やすのは――」「格式だけで結婚するわけではないでしょう!」 朝から応接室では、グレイとミアが真剣な顔で招待状の意匠について議論していた。 大きなテーブルの上には十種類を超える見本が並べられており、銀狼、月、花、星、夜空といった意匠が、それぞれ少しずつ違う組み合わせで配置されている。その横の机には衣装用の布地や宝石、食器、装花の候補、引き出物の見本、料理の献立まで置かれ、さらに壁際には、いつ誰が用意したのか分からないほど巨大な婚礼準備表まで立てかけられていた。 部屋の入口に立ったリリアは、その光景をしばらく眺めた後、思わず隣のレオンへ顔を向けた。「……戦争の作戦会議みたいですね」「王宮地下へ潜る時より複雑に見える」「私もそう思います」「聞こえておりますよ」 グレイが振り返り、いつも通りの冷静な表情でレオンへ一礼した。「旦那様、本日はまず招待状の意匠を――」「まだ旦那様ではない」 レオンが即座に訂正すると、グレイは一瞬も表情を崩さなかった。「失礼いたしました。未来の旦那様」「それもやめろ」「では、いつも通り閣下とお呼びいたします」

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